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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)924号 判決 1968年3月13日

附帯被控訴人(控訴人) 国

国代理人 河津圭一 外一名

被控訴人(附帯控訴人) 高瀬真一

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金八万二、四六〇円及びこれに対する昭和三四年一〇月二五日より支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

附帯控訴人の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、福島地方裁判所郡山支部執行吏上遠野武が昭和三四年五月二三日訴外江川孫一からその代理人鳥海一男弁護士を通じて申立人江川孫一、相手方被控訴人間会津若松簡易裁判所昭和三三年(ユ)第九三号家屋明渡調停事件の調停調書の正本を債務名義とする本件土地及び建物明渡の強制執行の委任を受け、同年六月三日被控訴人、その妻及び妻の母が居住使用していた右土地建物につき本件執行を実施したことは当事者間に争いがない。

二、そこで本件執行について被控訴人主張のごとき違法の点があつたか否かについて検討する。

先ず、被控訴人は、家屋明渡の強制執行においては執行吏は債務名義が仮執行宣言付判決である場合を除き予め債務者に警告した上で実施する執行手続上の慣習があると主張する。思うに、家屋明渡の強制執行において被控訴人主張のごとき取扱いが屡々行われていることは当裁判所に顕著な事実であり、また、そのような取扱いがなされることを妥当とする場合があることも否定できないけれども、しかし、常に必ずそのような取扱いがなされなければならないと解すべき法律上の根拠はない。されば本件執行が被控訴人主張のように予告なしに断行されたものであることを理由にこれを違法な処置ということはできず、従つて、この点の違法を前提とする被控訴人の主張は排斥を免れない。

次に、被控訴人は、本件執行が証人の立会なくして実施されたこと及びすでに夜間に入り執行につき執行裁判所の許可を要するにもかかわらず、そのことなくして続行されたことに違法があると主張する。本件執行につき証人の立会がなかつたこと及び執行裁判所の許可がなかつたことはいずれも当事者間に争いがないので同執行が証人の立会又は執行裁判所の許可を要するものであつたか否かについて審究する。

<証拠省略>の結果を綜合すれば次の事実、すなわち、上遠野執行吏は本件執行のため昭和三四年六月三日午後二時半頃債権者江川孫一の代理人鳥海一男弁護士及び同薄正らと同道して当時被控訴人並びにその妻及び妻の母らが居住していた本件建物に臨み、居合せた被控訴人に対して来意を告げて本件土地建物の任意の明渡を求めたところ、弁護士である被控訴人は本件執行を違法、不当であると非難、攻撃して任意の明渡請求に応じないのは勿論強制執行にも非協力の態度に出て同執行吏の説明にも納得せず押問答を重ねているうちに午後三時頃になつたので同執行吏は被控訴人の任意の明渡を期待することは到底できないとの判断の下に強制執行に踏み切り屋外に待機していた債権者側の手配にかかる一〇余名の人夫に本件建物内にある執行目的外の被控訴人又はその家族所有の家具その他の物件を屋外(本件土地内)に搬出することを命じたので右人夫は、一斉に本件建物内に立入り右物件を搬出し始めたこと。そこで被控訴人は上遠野執行吏を説伏して本件執行を阻止することはできないものと観念し、妻及び妻の母とともに身の廻り品を取纏めて本件建物から退去して一旦市内の旅館に移つた上同夜立退先を求めて上京し肩書住所に移転したこと。上遠野執行吏は引続き人夫を督励して同日午後五時五〇分頃までに本件建物内にあつた執行目的外物件全部(別件で仮処分中の箪笥を除く)を屋外に搬出せしめ本件土地建物に対する被控訴人の占有を解いて債権者代理人たる薄正にこれを引渡し「同時に屋外に搬出した執行目的外物件については債務者その他民事訴訟法第七三一条第三項所定の者が居合せないためこれに引渡すことができなかつたので、鳥海弁護士に諮つた上薄正に対して被控訴人から引取申出があるまでこれを保管すべきことを依頼して引渡し、薄は引続き前記人夫に命じ貨物自動車によつて予め債権者側において借受けていた会津若松市栄町七七〇番地所在石井悦郎の倉庫にこれを搬入したことが認められる。<証拠省略>における被控訴人が本件執行続行中に再び本件建物に帰来し執行に立会つたかのごとき趣旨の供述又は供述記載部分はにわかに採用し難く他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、執行に際して証人の立会を要する場合として民事訴訟法第五三七条第一項前段の定める「執行行為を為すに際し抵抗を受くるとき」とは債務者その他の者から実力による執行行為の妨害を受けたときの謂にして同条後段の定める「債務者又は成長したる某同居の親族若くは雇人に出会わざるとき」とは執行行為の開始に際して債務者その他所掲の者に出会わないときの謂であるものと解するのが相当である。そうだとすれば、本件のように被控訴人において本件執行の実施に抗議してもそれが実力を伴わない口頭のみでなされた場合には前段所定の場合に該当せず、また、執行開始すなわち執行目的外物件の屋外搬出に着手した際被控訴人及びその家族が居合せたときは後段所定の場合に該当しないものというべきである。それ故、本件執行が証人の立会なくしてなされた点に違法があるということはできない。

次に執行裁判所の許可の要否について判断するに、民事訴訟法第五三九条第一項は夜間執行を実施するには執行裁判所の許可を必要とする旨明定しており、同条所定の夜間とは日没後日出前迄の間を指称するものと解すべきところ本件執行が行われた六月三日における福島県地方の日没が午後六時半以後であることは公知の事実であるから、本件執行においては午後五時五〇分頃までに執行目的外物件を屋外に搬出し終りその直後に該物件が薄に引渡されたものであること前段認定のとおりである以上右物件の引渡は執行の対象である本件土地上に置かれたままの状態でなされたものであつても、右土地についても被控訴人の占有を解いて債権者江川の代理人たる薄にその占有を得させたものであるから結局右土地建物及び執行目的外物件の引渡によつて同日の執行行為は終了したものというべきである。そうだとすれば六月三日の執行行為は日没前に終了したものであるから、夜間執行ではなく従つて執行裁判所の許可を要しないものというべきである。されば本件執行が証人の立会がなく、また執行裁判所の許可を得ない点において違法であることを前提とする被控訴人の主張も排斥を免れない。

次に被控訴人は本件執行に際し執行目的外物件の搬出について粗暴な取扱いがなされそのため一覧表(一)、(二)(省略。以下同じ)の物件が破損したと主張する。しかして原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)中には右主張にそう趣旨の供述部分があるけれども右供述部分は<証拠省略>に対比してにわかに採用できず他に同事実を肯認すべき証拠はない。

次に、被控訴人の本件執行に際し上遠野執行吏の執行目的外物件である一覧表(一)、(二)の物件の保管に関する措置が違法であるとの主張について判断する。

民事訴訟法第七三一条第三、四項によれば土地建物明渡の強制執行において執行目的外物件は執行吏これを取除いて債務者に引渡すべく、債務者不在のときはその代理人又は債務者の成長したる同居の親族若しくは雇人に引渡すべきものとし、右の者ら不在のときは執行吏が債務者の費用で保管に付すべきものと定められている。しかして、右にいわゆる債務者ら不在のときとは、債務者らが執行時に終始不在の場合のみならず本件のように執行開始の際在宅していても執行終了までの間に不在となり、執行が終了しても帰来しないため取除いた執行目的外物件を債務者に引渡すことができない場合でも、債務者らの不在となつた原因が執行目的外物件の保管場所手配のためで、債務者において直ちにこれを引取ることが期待される等執行吏が該物件をその場に置去ることが社会通念に照して容認される特段の事情の存しない限りこれをも包含する趣旨と解するのが相当でありこれと異なる控訴人の見解は採用し難い。従つて本件の場合には上遠野執行吏は取除いた執行目的外物件を一旦保管に付し、後日債務者である被控訴人が引取方を申出たときには速かにこれを引渡すことができるように配慮すべき職責を有するものといわなければならない。そこで、本件において上遠野執行吏のなした執行目的外物件の処理につき違法の点があつたか否かを検討するに、<証拠省略>の結果並びに口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、上遠野執行吏は本件土地上に搬出した執行目的外物件の保管から債務者への引渡までの一切の処理を債権者側の薄正に委ねて引渡したが、その際同物件を点検することなく、また、保管場所すら確めず、もとより保管方法についてなんら指示ないし注意を与えることもなく現場から引揚げたこと、その後で薄及び債権者江川孫一の長男江川孫右衛門らが指図して右物件を貨物自動車で債権者側において一時借受けた石井悦郎の倉庫に搬入したこと、右倉庫は南側が道路に面した間口四間、奥行三間の木造トタン葺の建物で、中央部分間口一間半は二階建、その余の部分は平家建で、東側平家部分は下屋風になつており、四囲の構造は、南側道路に面した部分には幅一間半の外壁を兼ねた開戸があり、東側下屋風の部分は目隠塀をもつて外壁代用とし、軒先と塀の笠木との間や目隠塀の下端とコンクリート土台との間に隙間があり、物置部分の土間はコンクリート土台より約二尺五寸低くなつており、また西側部分は目隠塀をもつて外壁代用とし、北側部分には殆んど障壁もない極めて粗末な建物で、石井方では従来二階に居住し、階下(倉庫)を薪炭置場として使用していたものであるが、降雨時には四囲、なかんずく東側軒下及び北の側面から雨が倉庫内に吹き込む状態で本件執行目的外物件の保管場所としては著しく不適当な倉庫であること、薄その他債権者側の者は石井悦郎に対して格納物件の種類、性質にかんしてなんらの説明もしなかつたため石井方ではその保管についてなんら配慮することがなかつたこと、本件執行自的外物件を石井悦郎の倉庫に搬入した際には品別に整理整頓して格納することなく漫然乱雑に積重ね、同年七月一〇日被控訴人が引取るまでその儘の状態で放置したため、外部から吹込んだ雨、建物の下部から浸入した泥水等のために床上浸水を見、下積物件に汚、破損を生じ、食器類も上積物の重圧等のために多数の破損を生じたこと、一覧表(一)記載中の物件<詳細省略>が本件執行目的物件であつて、被控訴人が同表各該当欄記載の頃同記載の原因によりその所有権を取得したものであるところ、石井悦郎の倉庫に保管中に汚、破損を生じたたこと、また、一覧表(一)の四及び一〇の7ないし34の各物件はその性質から被控訴人の所有に属するとは断定し難いがいずれも本件執行目的物外件であつて石井悦郎の倉庫に保管中に汚、破損を生じたものであること、なお、上遠野執行吏は薄に執行目的物件を引渡したことによつて当日の執行行為は終了し、以後同物件を保管する義務がないものと考えていたため前記のとおり、その保管場所及び保管方法についてなんら知るところがなかつたので被控訴人から同年六月一四日付同月一六、七日頃到達の内容証明郵便をもつて保管者の住所氏名及び保管場所の問合せがあつたのに対して同月一七日付葉書をもつて債権者代理人鳥海一男の指示により薄正に保管せしめている旨及び鳥海弁護士に連絡するから被控訴人においても直接同弁護士に連絡するようにとの趣旨を回答したところ、被控訴人は、知人に調査を依頼して本件執行目的外物件が石井悦郎の倉庫に保管されていて相当の損傷を生じている事実を知り、その主張の経緯を経て翌七月一〇日福島地方裁判所会津若松支部の検証終了と同時に倉庫内の物件全部を引取つた経過となつていること以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

しからば、上遠野執行吏が国家賠償法第一条所定の公権力の行使にあたる公務員であつて本件執行が公権力の行使によるものであることは論をまたず、また、同執行吏が本件執行にかんしてとつた本件執行目的外物件の搬出及び保管にかんする処置は民事訴訟法第七三一条第四項に則つた職務執行行為とみるべきであつて、前段認定事実によれば同執行吏には職務の執行につき過失があつたものというべきであるから、控訴人は、そのために被控訴人の蒙つた損害を賠償する義務あるものといわなければならない。

中略(損害及び損害額の検討)

以上の次第で、被控訴人の蒙つた損害額は合計一一万七、八〇〇円であるというべきである。

以上の次第であつて、結局証拠上被控訴人の蒙つた損害中その額を算定し得るのは金一一万七、八〇〇円の限度にとどまるものというべきである。

そこで、控訴人の過失相殺の主張について判断する。被控訴人は本件執行の債務名義である調停調書に表示されているとおり債権者江川孫一に対して本件土地建物を昭和三四年三月三一日までに明渡すべき義務を負担していたのkその義務を任意に履行しないために本件執行がなされるに至つたものであるところ弁護士たる被控訴人としては期日までに明渡をしないときには当然強制執行を受けるべきことを熟知しておつたものというべきであるから、期日前に引越先を求め、本件執行目的外物件引取の準備を整える等の措置を採るべき義務があるにもかかわらず本件建物内に在宅しながら執行目的外物件の取除きに協力せずことここに至らしめたのであつて被控訴人においても引取義務に違反した過失あるものというべく、右過失が本件損害の発生ないし増大の因子をなしていることは明らかであるから本件損害賠償の額を算定するにつき斟酌するを相当とするところその率はこれを三割とみるのが相当である。それ故控訴人が被控訴人に賠償すべき額は八万二、四六〇円であり、控訴人は被控訴人に対し右金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和三四年一〇月二五日より支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきである。

二、そうであるとすれば、被控訴人の本訴請求は右認定の限度において正当として認容し、その余は棄却すべきであるからこれと異なる原判決はこれを変更し、被控訴人の附帯控訴及び原審において拡張した請求は棄却すべきものである。

よつて、民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 仁分百合人 石田実 小仙俊彦)

物件目録等<省略>

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